富士フイルム株式会社は2026年10月29日、神奈川事業場小田原サイトへ2026〜2028年度に約100億円を投資し、データストレージ用磁気テープの製造能力を出荷容量ベースで2025年度比約5倍に増強すると発表しました。
対象には、圧縮時最大100TB、非圧縮時40TBの記録容量をうたう「FUJIFILM LTO Ultrium10」などが含まれます。ここで重要なのは、100TBが圧縮時の最大容量であり、実際に保存できる量はデータの圧縮率によって変わる点です。
一見すると、磁気テープはクラウドやSSDに置き換えられた古い技術のように見えるかもしれません。しかしAI・クラウドの普及によって増え続けるデータを考えると、むしろ磁気テープはデータセンターの見えにくい基盤として再評価され始めているのではないでしょうか。
AIのボトルネックはGPUだけではない
AI投資では、GPU、半導体、データセンター、送配電網が注目されがちです。ただし、AIの学習・推論や企業のデジタル化が進めば、保管すべきデータそのものも増え続けます。
すべてのデータを高速なSSDやHDDに置き続ける必要はありません。頻繁に利用するデータは高速ストレージへ、利用頻度が下がったデータはHDDへ、長期保管するデータはテープへというように、用途ごとに保存先を分ける考え方があります。
磁気テープは、読み書きしない間に常時回転するディスクを必要としません。富士フイルムは、100PBのデータを10年間保存する場合、テープによるCO2e排出量はHDD中心の保存と比べて95%低いという試算を示しています。これは同社の試算であり、用途・運用条件によって結果は変わりますが、AIインフラの電力問題を保存媒体から考える材料にはなります。
「遅い」ことは弱点であり、強みでもある
テープは、SSDやHDDのように即座にデータを開く用途には向きません。目的のデータが記録された位置までテープを移動させる時間が必要になるためです。
しかし、その特性は長期保管には必ずしも欠点ではありません。日常的にアクセスしない学習済みデータ、実験・研究データ、映像、会計記録、契約書類、バックアップなどでは、取り出し速度よりも、保管コスト、容量、保存期間、信頼性が重視される場合があります。
AI時代の保存基盤は、すべてを高速化する競争ではなく、どのデータをどの媒体に置くかを設計する競争へ変わりつつあるのかもしれません。
サイバー攻撃への備えとしてのオフライン保管
磁気テープが再評価されるもう一つの理由は、サイバー攻撃です。ランサムウェアは、企業のネットワーク内に侵入し、業務データだけでなくオンライン上のバックアップまで暗号化しようとすることがあります。
テープをネットワークから切り離して保管すれば、攻撃時に同時に書き換えられるリスクを抑えやすくなります。もちろん、テープを導入するだけで安全になるわけではありません。復旧手順、保管場所、アクセス権限、世代管理、定期的な復元テストまで含めて運用する必要があります。
それでも「完全に接続されたデータだけに頼らない」という考え方は、AIを悪用する攻撃が高度化する時代に重みを増すのではないでしょうか。
富士フイルムが投資するものは、容量だけではない
富士フイルムは1950年代から磁気テープの研究を行い、記録材料や精密塗布技術を発展させてきました。2011年にはバリウムフェライト磁性体を、2025年にはバリウムフェライトとストロンチウムフェライトを融合した微粒子ハイブリッド磁性体を活用しています。
今回の投資は、単に古い設備を増やすものではありません。材料技術、製造技術、AIアーカイブ需要、クラウド事業者の調達、そしてサイバー対策を結び付ける投資と見ることができます。
一方で、製造能力を増やせば売上が同じ比率で増えるとは限りません。確認すべきなのは、大手クラウド・データセンターの実際の採用、AIデータ量の伸び、テープライブラリーを含めた顧客の導入、そして2028年度までの能力増強の進捗です。
HDD・SSDと競争するのではなく、役割を分ける
磁気テープの増産を、HDDやSSDの需要がなくなる兆候と捉えるのは早計です。高速アクセスが必要なAIの推論・分析基盤ではSSDやHDDが重要であり続けるでしょう。
一方で、保存すべきデータが増えるほど、すべてを高価なオンラインストレージへ置き続けることも難しくなります。AIインフラの成長は、半導体だけでなく、データを高速に処理する媒体、安価に保存する媒体、安全に隔離する媒体の役割分担を広げる可能性があります。
まとめ
富士フイルムの約100億円・能力5倍の投資は、AIの主役であるGPUを供給する事業ではありません。しかし、AIが生む膨大なデータを、長期に、低コストで、必要に応じてネットワークから切り離して保管するための基盤を増強する動きです。
AI時代のインフラを考えるとき、演算能力だけでなく、「生まれたデータをどこへ、どれだけ安全に、どの電力で保存するのか」という問いも重要になっているのではないでしょうか。
参考情報
- 富士フイルム:データストレージ用磁気テープの製造能力を5倍に増強
- 富士フイルム:FUJIFILM LTO Ultrium10データカートリッジ新発売
- 富士フイルムホールディングス:事業概要資料(データテープ)
※本記事は公開情報に基づく情報整理と考察であり、特定企業の株式その他の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。

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