量子コンピューター時代、日本の機密情報をどう守る? 国産衛星量子暗号プロジェクト始動

国産衛星量子暗号プロジェクト始動

今は解読できない暗号データを盗み、保存しておく。

そして将来、高性能な量子コンピューターが実現したときにまとめて解読する。

「今盗み、後で解読する」と呼ばれる攻撃への懸念が高まっています。

政府、外交、金融、医療、重要インフラなどの情報には、数十年後まで秘密を守らなければならないものがあります。

将来の計算機性能に左右されず、安全な通信を実現する方法として研究されているのが量子暗号通信です。

日本では現在、量子暗号通信を人工衛星へ搭載し、世界規模で秘密鍵を共有する国家プロジェクトが進められています。

目次

■ 300kg級の国産低軌道衛星を開発

JAXA宇宙戦略基金は、「衛星量子暗号通信技術の開発・実証」を第一期の技術開発テーマとして採択しました。

実施機関の代表は、国立研究開発法人情報通信研究機構、NICTです。

正式な事業名は「情報理論的安全な鍵共有を可能とする小型・低軌道衛星の研究開発」です。

計画では、量子鍵配送と物理レイヤ暗号による鍵共有機能を搭載した300kg級の小型・低軌道衛星を開発します。

衛星から届く光を受信する可搬型光地上局と、宇宙の通信網を地上の量子暗号ネットワークへ接続する統合技術も開発します。

実施期間は2025年3月から2030年3月までの予定です。

これは2030年に商用サービスを始めるという意味ではありません。2030年3月は研究開発と実証の終了予定です。

■ 量子暗号は情報そのものを宇宙へ送るのか

量子鍵配送で送る主なものは、文章や画像ではなく、通信を暗号化するための秘密鍵です。

通常の通信回線で送る情報を秘密鍵で暗号化し、受信側が同じ鍵を使って元の情報へ戻します。

量子鍵配送では、光子の量子的な性質を利用して鍵を共有します。

通信途中で第三者が光子を観測すると量子状態が変化するため、盗聴の有無を確認できます。

必要な条件を満たした量子鍵配送には、計算機の処理能力に依存しない情報理論的安全性があります。

量子コンピューターをさらに上回る計算機が登場しても、計算能力だけで暗号鍵を解読できない仕組みを目指しています。

ただし、量子暗号装置や地上局そのものへの侵入、操作ミス、設計上の欠陥まで自動的に防げるわけではありません。

量子暗号を導入すれば、すべての情報漏えいがなくなるという意味ではない点には注意が必要です。

■ なぜ人工衛星が必要なのか

地上の光ファイバーを使った量子鍵配送では、距離が長くなるほど光が弱くなります。

100km規模の都市間ネットワークは構築されていますが、数百kmから数千kmに及ぶ大陸間通信には、量子情報を途中で中継する技術が必要です。

実用的な量子中継技術の完成には、今後も長期間の研究開発が必要とされています。

人工衛星を利用すれば、地上局から衛星まで光を送り、宇宙空間を経由して離れた地域へ暗号鍵を届けられる可能性があります。

海底ケーブルだけに依存せず、地球規模の量子暗号ネットワークを構築する方法として期待されています。

■ 日本は宇宙で秘密鍵を共有している

今回の国家プロジェクトは、何もない状態から始まるわけではありません。

2017年、NICTは50kg級の超小型衛星を使い、衛星と地上局の間で光子レベルの量子通信を実証しました。

2024年には、NICT、東京大学、ソニーコンピュータサイエンス研究所、次世代宇宙システム技術研究組合、スカパーJSATが共同で、国際宇宙ステーションと地上局を結ぶ高秘匿通信を実証しています。

この実験では、国際宇宙ステーションが1回上空を通過する間に、100万ビット以上の安全な秘密鍵を共有しました。

さらに、共有した鍵を使って宇宙にある写真をワンタイムパッド方式で暗号化し、地上へ送信して復号することにも成功しました。

ワンタイムパッドは、送信する情報と同じ長さの無作為な鍵を一度だけ使用する暗号方式です。

鍵を安全に共有し、再利用せず、正しく管理した場合、情報理論的に解読できない暗号方式とされています。

■ QKDと物理レイヤ暗号は同じではない

今回のプロジェクトでは、量子鍵配送、QKDと物理レイヤ暗号の両方を開発します。

QKDは量子状態の変化を利用し、盗聴を検知しながら鍵を共有する技術です。

物理レイヤ暗号は、衛星と地上局の間を結ぶレーザー光が狭い範囲にしか届かない特性を利用します。

光を受信できる地域を管理された地上局周辺へ限定し、盗聴者が得られる情報量を評価して秘密鍵を生成します。

NICTは、物理レイヤ暗号について、QKDより高速に鍵を共有できる技術として研究を進めています。

今後は、安全性、通信速度、気象条件、装置の規模などに応じて、QKDと物理レイヤ暗号を使い分けることが想定されています。

■ 実用化までに残る課題

低軌道衛星は、地上から見ると高速で移動します。

地上局は、衛星から送られる非常に細く弱い光を捕捉し、正確に追尾し続けなければなりません。

雲や強い雨がある場合には、光を受信できない可能性があります。

悪天候の地域を避けるには、複数の地上局を配置し、受信場所を切り替える仕組みが必要です。

衛星の製造費と打上げ費、地上局の設置費、暗号鍵の生成速度、必要な衛星数、24時間利用できる運用体制なども確認しなければなりません。

300kg級衛星の製造企業、打上げ時期、打上げロケット、地上局の設置場所、商用サービスの価格は、確認した公式資料では公表されていません。

■ まだ存在しない市場を日本が作れるか

JAXAの資料では、衛星を使った量子鍵配送による暗号通信市場は、現時点ではまだ「ない」市場と説明されています。

国や研究機関だけで技術を完成させても、利用者がいなければ産業にはなりません。

このプロジェクトでは、研究開発と並行して潜在的な協業先や利用者を探し、ユースケースと事業モデルを検討します。

想定される用途には、外交・安全保障通信、在外公館、行政機関、災害派遣、重要インフラ、金融機関などがあります。

今後、衛星メーカー、光通信機器メーカー、地上局運用会社、通信事業者、サイバーセキュリティ企業などが加われば、新しい宇宙セキュリティ産業へ発展する可能性があります。

一方、現時点では現在の国家プロジェクトへ参加する民間企業は公表されていません。

過去の実証に参加した企業を、そのまま現在のプロジェクトの参加企業と判断することはできません。

■ 今後確認すべき進捗

今後の重要な確認項目は次のとおりです。

・300kg級低軌道衛星の基本設計完了
・衛星搭載用QKD装置の完成
・衛星製造を担当する企業
・可搬型光地上局の製造・運用企業
・衛星の打上げ時期とロケット
・宇宙空間での量子鍵配送実証
・地上QKDネットワークとの統合
・官公庁や金融機関などの実証参加
・商用サービスの提供主体
・利用料金と必要な衛星数

衛星を打ち上げて鍵共有に成功するだけでは、プロジェクトの完成ではありません。

実際の利用者が参加し、必要なときに安定して暗号鍵を届け、継続的な事業として運用できるかが重要です。

日本が研究成果を宇宙安全保障の産業へ育てられるのか。

未来産業地図では、衛星開発、参加企業、打上げ、宇宙実証、商用化まで継続して追跡します。

【参考資料】

JAXA宇宙戦略基金
衛星量子暗号通信技術の開発・実証
https://fund.jaxa.jp/techlist/theme10/

JAXA宇宙戦略基金
採択結果
https://fund.jaxa.jp/content/uploads/kekka10.pdf

JAXA宇宙戦略基金
第一期技術開発テーマ資料
https://fund.jaxa.jp/content/uploads/20251020_1st_term_PR_sheets.pdf

NICT
国際宇宙ステーションと地上間での秘密鍵共有と高秘匿通信に成功
https://www.nict.go.jp/press/2024/04/18-1.html

NICT
超小型衛星による量子通信の実証実験に世界で初めて成功
https://www.nict.go.jp/press/2017/07/11-1.html

【記事末尾の注意書き】

本記事は、公的機関が公開した資料を基に、技術開発と事業化の進捗を整理したものです。量子暗号通信があらゆる情報漏えいを防止することや、計画どおりの実用化を保証するものではありません。また、特定企業の株式その他の金融商品の購入を推奨するものでもありません。

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この記事を書いた人

趣味を兼ねた骨董品の売買を経て、株式やFXなどの投資に関心を持つようになりました。

投資先を考える根拠として日本企業の技術を調べる中で、見つけた情報とその後の進展を記録する必要性を感じ、AIの力を借りて「未来産業地図」を制作。

技術・企業・プロジェクトを結び付け、研究、実証、量産、商用化までの動きを継続して追跡しています。

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